命のお話。

三浦春馬さん、竹内結子さんらの訃報。

コロナの影響なのかは分かりませんが
悲しいニュースが続きましたね。

自殺者の周りや
残された者たちの悲しみは計り知れません。

私の経験談がなんの役に立つか
分かりませんが
読者のみなさんが
自分の命について
考えるキッカケになれば嬉しく思います。



私が15歳のとき、
当時付き合っていた彼氏と親友の女の子が
自殺を図り、
この世を去りました。

ふたりとも
10才のときに
川崎から横浜へ引っ越してきた私の
初めての友だちでした。

転校先に馴染めないでいた私に
公園で声を掛けてくれたのがキッカケ。
何となくフィーリングが合い、
よく公園で一緒に過ごしていました。
他愛もないお喋りをしたり、
お絵描きや鬼ごっこをしたり。

親友は家庭環境が劣悪で、
義父から性的暴行を受けていました。

彼は親からの激しい虐待により
耳が不自由でした。

それでもふたりとも優しくて
まだ笑顔があって。
一緒にいるととても居心地が良く、
転校先のクラスが学級崩壊していたり
イジメが横行していたので
私には必要な居場所でした。

ふたりは不登校だったので
学校には通っていませんでしたが
受験勉強をしていた私より
知識も思考力もあり
勉強を教えてくれたりもしました。
その甲斐があって
中学校は地元の国立校へ入学しました。


彼とは私が中学生のときに恋心を抱き
付き合うようになりました。
初めての彼氏で何をしても楽しくて、
親友と3人で過ごすことも多かったですが
順調に関係を築けていたと思っていました。

高校受験を経て、
私は都内の高校に通うことが決まります。

そしてある日、
彼は裏庭の離れで亡くなってしまいました。

遺書によると
彼は自分が身体障害者であることか
恋愛関係に不利に働くのではないか、
私が地元から離れた場所で
新しく人間関係を築いていくことに
かなりの不安を抱いたようです。


私は彼の耳が不自由なことを
気にしたことがなく
その事について触れたこともなく。
それが逆に彼の不安を
増大させてしまったのだと思います。

亡くなった日。
何も知らない私は
メールで彼に
家の離れに来るように言われていました。

そして私は
物々しくパトカーや救急車に囲まれた
彼の実家と彼の遺体を目にします。

親友と泣き崩れ、
彼女の家で放心していたことは
覚えていますが
他は記憶があやふやです。

今思えば、親友も
彼のことが好きだったんだと思います。
でも自分のことで手一杯だった私は
そのことに気付けませんでした。

半年後に彼の後を追うように
彼女も自室で亡くなりました。



彼のことも親友のことも
私は100%理解していると思っていたし、
信頼されていると思っていました。
お互いに満足した関係だと信じ切っていて
何か悩んでいると思ってもいませんでした。

他人なんだから、
完全に理解することはできないし
言えないことだってありますよね。

私はその頃の記憶を
あまり思い出せません。
思い出したくないと言った方が正しい。


悲しみのどん底に居たつもりでしたが
周りに助けられて今があります。

明けない夜はないとはよく言ったもの。
その通りだと思います。

今悩んでいる人は
必ず周りに相談してみることです。
誰も居なければSNSや日記に吐き出してみたり
居場所になりそうな
NPO団体を探してみてください。

必ず自分がこの世を去ることで悲しむ人はいます。
残された人のことを考えてみてください。

今日は少し真面目な投稿。